ぎんゆうしじんになりたい男のブログ

キングコングバンディと猪木のボディスラムマッチみたいになってっけどよぉ by 上田晋也(くりいむしちゅー)

VOL.6 ゴッホ

 多くのゴッホの作品が展示されている期間中に、美術館の前を通り過ぎたことがある。チケット売り場に長蛇の列ができていた。
 ゴッホの絵画は、同時代のアーティストより技術的に劣るところがあると思う。
 なぜ、ゴッホの絵画作品は今なおアート業界で評価されるのか。
 我々が存在する現実世界を見事に2次元平面に写し取った絵画を一般人は好ましい絵画だと思う。しかし、伝統絵画を見る場合と近代以降の絵画を見る場合は評価基準は異なる。
 近代絵画は、西洋の伝統絵画とは異なり、現実の事物を見事に写し取ったアーティストの技術力を”良し”とするのではない。一見稚拙とも見える技術による表現が、なぜ行われたのかというアーティストの考え(コンセプト)の方が作品を査定する上での重要項目であ
る。
 近代、現代アートを見て「なんじゃこりゃ」と反応を示すオーディエンスの反応は正しい。
 そこから、”どうして、このようなことを?”と考えることが近代以降のアートの鑑賞の仕方であろう。
 私はこのように想定しなければどうしてもゴッホの絵画の全作品が素晴らしいとはおもえない。
 ゴッホの絵画を支えるものは、あの特異な描法だけでなく、ゴッホが彼自身の作品によって世の人々を救わなければならない、というコンセプトである。
 例えば、『馬鈴薯を食べる人々』は汗と土にまみれた農夫たちを彼らの生活に合わせて無骨な描画にしたところが”良し”とされているのではない。ゴッホは今まで無知な存在のモチーフとされてきた農夫というものを、貧しい生活の中で禁欲的に生きている、その境遇を神聖なモチーフとして描き出した。
 そのゴッホのコンセプトが評価されているのである。

 Don't think, feelとは、ブルース・リーの劇中の台詞である。しかし、近代、現代アートを鑑賞するときは次のように考えるべきである。
 Don't feel, think .
 作品を見て、どのようなコンセプトをアーティストは表現したかったのか、作者のコンセプトを考えなければモダン・アートは見た目以上の”良さ”を知ることはできないだろう。